のの子のつぶやき部屋

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【BL】ヨネダコウ『囀る鳥は羽ばたかない』矢代という男

 現時点で私のなかでのBLコミックスBEST3にランクインする「囀る鳥は羽ばたかない」

 まず裏表紙の説明文の出だしが、


『ドMで変態、淫乱の矢代は、真誠会若頭であり、真誠興業の社長』


 なんというインパクト。

 この一文を読んで購入を決めたようなもんです。
 表紙の静謐でいてちょっと淫靡な雰囲気とこの説明文でまず、主人公がどんな人物なのか非常に興味を惹かれる。


 作者のヨネダコウさんの他の作品も何編か読んだが、過去の作品からするとこの主人公はかなり異色っぽい感じ。

 この矢代という男を主人公にしたことでこの物語の方向性が決まったのだと思う。


 ヨネダさんの作品読んで思ったのが、かなりプロットにこだわる人だなーと。

 キャラクターの心情描写をいかに表現するかをすごーく考えて描いてるなーと感じる。


 でも私、BLのヤクザものってあんまり好きなジャンルじゃなくて。もうやくざものってジャンルになってるくらいだし、設定がテンプレ過ぎるっていうか、大概スーパー攻め様とかだし、とんでも設定だし、やくざを美化してるのもなんか違和感あって積極的には読まないジャンル。


 でも今作はそういう誇張された嘘くささが感じられなくてわりとすんなり読めた。それはヨネダさん独特の空気感のお陰だと思う。現実のヤクザはこうだっていう写実的な「リアル」さではなく、キャラクターや舞台設定に「リアリティ」を持たせて描いてる。地に足がついているというか。

 結構ドぎつい話であるにもかかわらず、キャラが全然浮いてない。


 そういうのを踏まえて、「囀る~」で気になったっていうか、印象に残るのが、車中のシーン。車の中でバックミラー越しに矢代の表情を見る百目鬼くんというシチュエーションがけっこう多い。内装とか結構しっかり書いていて、キャラがちゃんとそこにいるなーと感じられる絵になってる。背景とキャラクターの生活が密着して、そのシーンがひとつの映像であるかのように感じさせる。決して写実的な絵ではないのだがすごく映画的というか、印象深い。


 そしてスーツ。
 矢代はいつもスリーピースでしかもポケットチーフをいつもちゃんと入れてる、結構おしゃれに気を使ってるのがわかる。一見してヤクザに見えない格好をしているのかなーと思う。絶対やくざなんてださいと思ってるだろうし。


 一方の百目鬼は、初登場時から同じ色のスーツ、ネクタイ、シャツです。百目鬼はあのトラのトレーナーでもわかるように着るものというか、自分の周囲のあらゆるものに対して関心が低い様子。もはや矢代にしか興味ないんだろうね。


 七原はいつも黒シャツ。いかにもなヤクザというかチンピラな格好。

 そして竜崎は黒シャツに白スーツ。ついでにいえば片耳にピアス、ごついリング。ヤクザっていうか輩っていうか、ある意味ステレオタイプ。


 あとは百目鬼が言っていたように、刑事は服装が適当とか。絵面だけでは高級感とかは出せないが、細かく見てみるとそれぞれにしっかり設定があると感じる。
 こういう風に外堀を埋めていくと中心にいるキャラクターの輪郭がはっきりしてより際立つのだなと感じる。


 こういう外的な設定、絵で書いてわかる部分の描写の細かさに加えて、ヨネダさんはキャラの裏付けがすごいと思う。


 たくさんキャラクター居ますが、矢代に限って言えば、矢代の存在自体は全然リアリティのあるキャラクターではない。ここまで人格破綻してて、『ドMで変態、淫乱』しかも美形のやくざなんて居てたまるかと。

 そういうことではなくて。

 じゃあなぜ矢代はこうなのか、作品世界でこうあるのかということの説得力を持たせるのがうまい。


 私はその矢代の作品世界での「あり方」に強烈に惹かれる。本当にこのキャラを見つけて作り上げたヨネダさんはすごいと思う。


「Don't stay gold」ではただの脇役だった矢代。ヨネダさんのインタビューで登場時から気になる人物だったと語られていて(インタビューは特設サイトに載ってるので気になる方は読んでみてください)どうしても肩入れしてしまって、と。そしてその後矢代と影山の高校時代の話である「漂えど沈まず、されど鳴きもせず」を描いて、現在の矢代に帰ってくる。


 最初にこの短編を読んだ時は正直そこまで深い感動はなかったと思う。なんとなく矢代の心情がわからなくて消化不良感があった。
 でも2巻が発売されて途中矢代が死にかけた場面のモノローグを読んでラストシーンの意味を自分なりに理解することができて、また1巻を読み直してやっと落とし所を見つけた。


 2巻では、

 

 『人間を好きになる孤独を知った


  それが”男”だという絶望も知った


  俺はもう十分知った』

 

 というモノローグと共に、ここで「漂えど~」のラストシーンの矢代が泣いている場面がでてくる。

 このモノローグがその時の矢代の心境だったとは限らないが、「漂えど~」のラストシーンの意味を考えるヒント、あるいみ解説をしてくれるモノローグのようにも思える。

 少なくとも私はこのモノローグを読むまで、「漂えど~」の最後がよく理解できなかった。

 

 時が進んだ本編では全てを受け入れている、と思って生きてきた矢代も過去編ではやっぱり当たり前だけどまだ少年で…。


 影山に自分はバイだと告げるもそれまで男も女も好きになったことはないという矢代。矢代は男とセックスする方が得られる快感が大きいからという理由でのみ男とセックスしているというスタンスだと思っていた。女との能動的なセックスではマゾの自分は快楽を得られないし、逆に自分のS気質が出てしまって面倒臭いからしない。つまりあくまで肉体的な快楽のみを追求した結果、男とセックスしている。そこに精神的な、愛とか恋とかそういうものは存在しなかった。けれど、生まれてはじめて恋をして好きになったのが影山という”男”だった。


 矢代は、あたかもはじめから自分はマゾで淫乱で、あえて男とセックスしているというふうに振舞って、男と「セックス」して「暴力」を受けることが好きだ、と言う。幼いころに植え付けられた、その行為をなぞって反復することでまるで自分は最初から「そう」なんだと刷り込みしているようにも思える。


 でもはじめて心を惹かれたのは、”男”だった。

 

『それが”男”だという絶望も知った』

  というモノローグの絶望というのは、ノーマルだった自分が暴力と刷り込みによって強迫的に同性愛者になってしまったことなのか。

 あるいは幼い自分にそういった振る舞いをした”男”に憎しみを抱いているはずなのに、結局好きになったのはその”男”で、自分の本質的な部分で男が好きになってしまったことに対する絶望なのか。嗜好が変わってしまったからなのか、元々そういった嗜好があったからなのか。

 どちらの意味合いなのかは正直わからない。

 けれど、どちらにしても矢代は性の対象としての”男”にどうしようもない嫌悪感を抱えているのは間違いないと思う。暴力を振るわれ、それに快感を覚えるも心のなかではそういう存在を蔑んで、見下している。

 矢代は、人間不信で加え、女性不信で更に極めつけの男性不信でもあるのだ。


 大人になった矢代はもうその辺も全部飲み込んで、少し距離をおいて半ば諦観の中で生きている感じがする。自分とセックスする男も快楽をくれる道具くらいにしか思っていないんじゃないだろうか。うまく使えば自分の利益にもなる。

 でもまだ10代の矢代少年にはまだ、そこまでの割り切り方はできなかったんじゃないかと思う。


 そして、


『人間を好きになる孤独を知った』

 

 というのは、その前の場面での影山との会話からの流れで矢代が感じたこと。


 そこで影山は矢代に対して「痛々しくて可哀想だ」と言う。なんで?と聞き返した矢代に影山は「お前はひとりだからだ」と告げる。


 一途に思いつめてる好きな人からこんなことを言われた日には…。影山も矢代の気持ちに気がついていないとはいえ、残酷な言葉を言うもんだ。

 

 そしてその後影山、堂々親友宣言。完全に失恋する矢代少年。


 矢代の初恋は影山に想いを悟られる前に無残にも砕け散り、その残骸をその後も矢代は現在に至るまでずーーっと抱き続けるわけで。

 影山も無意識にひどい振り方をしてると思う。鈍さ故の残酷さというか。

 

 そういうのが積み重なっての複雑なラストシーン。


 読んでる人にとっては結構突然の涙のように思う。私は正直最初読んだときはそこまで矢代に感情移入できなくてよくわかってなかった。前のページではヘラヘラ笑ってた(ように見えた)矢代だったから。


 自宅に帰ってくると、母親が帰ってきていたようだがお金だけを置いてその姿は見えない。窓を開けてそのまま座り込むと部屋の、矢代の侘しい日常の景色が目の前にあった。


 そしてふと、自分自身に立ち返る瞬間に溢れた涙。


 誰もいない部屋に一人。

 このシーンを見ていると矢代にどうしようもないくらいの孤独感を感じる。


 最初は自分が泣いていることさえ気が付かないような涙が、やがて頬を伝い落ちる。


 お前は、ひとりだからだ。という言葉と共に浮かんだのは影山の『泣き顔』
 多分矢代は影山の泣き顔以外の表情を頭の中で思い浮かべられないのだろう。それこそ想いを自覚した時の刷り込みのように。


 そして、手元のコンタクトケースを見た瞬間に矢代の堰が決壊する。

 好きな人の持つ何かを手にしたいと思うのは普通の恋心だと思う。影山のコンタクトケースを密かに盗んだ矢代のそういった行動も矢代のそういう想いがさせたもの。

 でもそれを矢代は自分に生じた歪みだと言う。

 矢代の中にも好きな人の持っているものを何かひとつでも持っていたいと思う普通の恋する少年がいる。そのときまではいた。

 


 けれどコンタクトケースを握りしめ「恋しくない」と言って影山への想いを断ち切った矢代。

 この時に矢代の中にあった歪みは消えて、恋する普通の矢代少年も消え去った。そして歪みは形を変えて大人になった矢代のなかに今でも存在している。

 

 コマの一つ一つに情感と時間の流れがあって本当にきれいなシーンだと思う。

 

 人それぞれいろんなとらえ方があると思うけど、私はこの「漂えど~」のシーンは深読みするとこういう意味があったのかなと思った。

 

 

 そして矢代という人間を形成する上でもう一つ重要なのが、幼児期の性的虐待である。やっぱり、これが矢代の人格の核をなす出来事であったと思う。


 いつだったか「ミステリアス・スキン」という映画を見て、矢代のことを思い浮かべた。

 映画は、田舎町に暮らす二人の少年が、リトルリーグのコーチから性的な虐待を受け、その後二人がどんなふうに成長したのかを描いた作品。(かなり陰鬱な映画だが主演のジョゼフ・ゴードン=レヴィットがとにかく美しいので鬱映画でも大丈夫という人は見る価値あり)


 映画では二人の少年は、それぞれ成長し、一方は虐待された時の記憶をなくしてしまう。そして記憶の欠落は幼少時に宇宙人に連れ去られた所為だからだと思い込む。もう一方の少年はお金を得る手段として男娼として売春を行うようになる。


 注目すべきは後者の男娼になったニールという少年。ニールは短絡的に金を稼ぐ手段として自らすすんで男に体を売ることを選ぶ。

 彼は自分が幼少時の虐待で自分が深く傷つけられていることに無自覚で、半ば強迫的に男性と行為を行っていることに気が付いていない。物語の後半で二人の少年は再会し、そこでようやくニールは、自分の人生が幼少時の体験でどうしようもなく変えられてしまったと気が付き、過ぎた日々はどうあっても取り戻すことはできず、子どもの頃に立ち返り幼い自分がどれだけ哀れだったのか思い至る。


 映画の衝撃の余韻を残したまま漫画を読んで、やはり2巻のモノローグの場面で、変えられてしまった人生を背負った少年が矢代の生き方に投影されて、本当に悲しくなった。


 矢代が撃たれて意識のないときに見た「過去」


 まだセックスがなんなのかさえわからないような幼い時に、母親を目の前にして義父に犯される矢代。その映像の合間に入るモノローグ。

 

『俺は 全部受け入れてきた


 何の憂いもない 誰のせいにもしていない


 俺の人生は誰かのせいであってはならない』

 

 過去を顧みない矢代が死に際に思ったのは彼の人格の核をなす心の傷。そしてそれを否定する彼の矜恃も見えた。深く、人格が変わる程の傷を追ってなお、それを受け入れ、そして否定する。それが矢代の強さなのだと思う。


 映画では少年二人のうち、一人はその体験を受け止めきれずに記憶をなくし、一人は心の傷に目を向けず、気がつこうとしないまま時を過ごしていた。でも矢代は全てを自覚し、そして全てを受け入れてなお、自分は傷ついていないと自分自身に主張し続ける。


 幼少期に性的な暴力を受けた人は成長した時に、自分自身に価値を感じられず不特定多数の人間と性的な関係を持ったりすることがあるそうで。
 正に矢代はそれですが、でも彼は自分自身に価値がないからどうにでもしていいと考えているわけではない。
 それが、彼の矛盾というか。


 自分の体なんてどうでもいいみたいに簡単に差し出すくせに、自分自身のことはそんなに嫌いじゃないというこの矛盾。


 彼の性的嗜好は幼いころの刷り込みであることは間違いないが、自分の生き方、人格、人生、それが自分以外の誰かによって変えられたとは思わない。決して育った環境や暴力のせいでそうなったわけじゃない。自分自身で選択してきた人生。

 そう思うことが矢代という男のプライドなのだろうと思う。


 そして、そう思い込み作られた人格をトレースすることで彼は均衡を保ってきたんではないだろうか。でもそれが案外性に合ってた、みたいな。これもまた矛盾。


 矢代は精神的に強いし、基本的に脳天気っぽいけど、幼少時の体験は大人になって受け入れてもなお、紛れもない矢代の心の傷なのは確か。

 

 いくつもの矛盾の中で生きて、他人に感心を持たない矢代。彼の心を動かすのはただ一人、影山の事柄だけ。

 そんな矢代の相手として現れたのが百目鬼くん。矢代の飼い犬。

 果たして彼は何も持たない矢代のただ一人になれるのか!

 

 長いので次回に続く。

囀る鳥は羽ばたかない 1 (H&C Comics  ihr HertZシリーズ 129)