のの子のつぶやき部屋

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【雑記】よく知らないけどブロマンスを語る。二次創作でブロマンスが生まれない理由とは。その考察。

 先日、ブロマンスという単語を知った。

 

 端的に言うと男同士の濃すぎる友情(友情以上恋愛未満)みたいな関係性のこと、らしい。

 

 なんというか、あーーー!!これだ!!!と思ったよね。

 これが私の萌えなんだって。

 

 現実世界における関係性としてのものではなく、あくまで創作のなかでの関係性で、ということなんだけど。

 

 実際にも、こういう男の人っているよね。女には理解できないくらい仲のいい男同士の友だちって。

 まず、女には連むってことがあんまりない。用事もないのに常に行動を共にするような関係性は女同士ではあまりないんじゃないだろうか。

 女のほうが社会性、コミュニティ能力があるとは言われるけど、男の社会性と女の社会性ってのは種類というか方向性が違う。

 

 ブロマンスというのは男の社会性あっての関係だと思う。現にそれに対応する女性同士の関係性を表す言葉がないし。つまりは男性同士でしか成り立たない関係ということなのだと思う。

 

 だから、女には理解はできても体感はできない世界だ。

 創作界での百合が一番近い関係性なのかもしれないけど、百合の関係性はずっと淡いもので男同士で想像するほどの強さはないように感じる。

 現実世界での女同士の親友関係は、百合と言えないのは当然で、女の親友というのは一番自分と多くの感覚を共有できる人、一緒にいて一番気の合う人というのが適切だと思う。だから女同士の場合タイプの違う親友同士の関係ってあまりいないんじゃないかな?女のグループも似たような雰囲気の人の集まりになる。なんでこの人とこの人が仲がいいんだろう、と客観的に思うことは女同士ではそんなに無いと思う。

 でも、これが男同士だと結構見かける。

 不思議。

 実に不思議。

 全然、見た目も性格も違うし、女から見ると合うようには見えないのにものすごい仲の良い男同士の友だち。

 女同士で仲が良くても親友の域はでないけど、男同士はそこを超えてくる。これがブロマンス、だということだと思う。

 

 

 とても不思議だと思う。でもどういう感覚か理解できないからこそ、女は勝手に想像するのだ。

 

 ここで、ちょっと穿って考えてみると。

 少年誌の漫画での少年同士の熱い友情や繋がりはブロマンスといえると思う。なんでか知らないが、女はそういうのが好きな生き物だ。

 好きだから、二次創作とかしちゃうんだけども、二次創作ではブロマンスというのは中々見ない。あるにはあるんだけど、数が少ない。

 多くの場合、二次創作のきっかけは原作での男同士のブロマンス的関係性であるにも関わらず、二次創作ではその関係性は「恋愛」や「性愛」の関係に置き換わってしまう。

 いわゆる801。

 なんでだろう、と思って考えたけど。

 ブロマンスは女性には主観的には捕らえられない感覚で、客観でしか見ることができない。だから二次創作で主観として生み出すことが難しい、ということなのかな…と。

 客観的、受容した感覚を二次創作として表現するときは、客観のまま描くというのはできるんだろうけど、多分二次創作には向いていないのだと思う。

 二次創作は多くの場合、自分の欲望を昇華するために行われるので、どうしても主観的でないと気持よくないのだ。

 創作していても客観的感覚では快感がない。

 ブロマンスに萌えるというのは、ブロマンスという男性同士の関係性を女性の目線でみた時に、女性では持ち得ないのその感覚に萌えているということなので、主観では感じ得ない感覚なのだ。

 なので、二次創作では女性でもその感覚を体感できる「恋愛」や「性的」関係で直接的に表現した方が気持ちいい。

 ブロマンス的関係性に萌えても、表現する時にはブロマンスでは萌えられない。だから801になる。ということなのかな?

 ブロマンス的関係性が好きだ、と自覚している人はもちろん萌え萌えでブロマンス的関係性で二次創作できるだろうと思う。

 でも、二次創作の場合、キャラ同士が恋愛関係に置き換わってしまうのはそうじゃない人がほどんどということだと思う。

 わかりやすく、端的に萌えられるのが二次創作801同人の長所だろう。

 

 こうやって書くと、結局エロってことかよって感じに思えるけど、もちろん、エロいのが無い同人だってある。それでも恋愛関係の範疇にあるものがほとんどだと思う。

 そして男同士を「恋愛」関係に置き換えてしまった時点で、元のキャラ同士の関係性は消失してしまっている。

 書く方は多分キャラの関係性の延長で書いているのだと思う。でも、私は関係性が変容してるように感じてしまう。

 原作通りで「友情」の枠内に収める二次創作は圧倒的に数が少ない。

 ブロマンスが好きという人は多いと思うけれど、それを二次創作にすると、さっきも書いたように直接的な快楽や萌えは減ってしまう。

 ブロマンスが好きというなら、原作をそのまま眺めていれば満足ということなのだろう。だからそれ以上に創作しようがない。創作しようとすると主観的になって直接的な萌えを表現しようとすると「友情」を超える「恋愛」の方に流れていってしまう。ように思う。

 

 ブロマンス的関係を考えている内にどうして私自身が二次同人ホモに素直に萌えられないのかということもわかった。私は二次創作においては男同士の「恋愛」関係には萌えられないのだと気がついたのだ。

 元々のキャラの関係性が好きなのに、恋愛関係になってしまうと大概の場合はそれが無くなってしまう。

 作品によってはこれがうまーーく合致するものもあったりするんだけど、元のキャラ設定やストーリーに矛盾せず、キャラを無理なく恋愛関係にできる作品はとても少ない。

 だから、原作を読んで、これは萌える…と思って二次を漁ってみても「なんか違う」「いやいやこんなんじゃないし」ってなって結局二次では全く萌えないのである。

 BL大好きで、オリジナルなら地雷もない私が、どうして二次801同人には萌えないのかすごく疑問だったけど、萌えている種類が違ったということだ。

 それで、一次BL作品で二次創作がほとんどないことも説明できる。

 これだけ腐女子が溢れる世の中でなんで一次BLの二次ってないんだろう(本当に皆無といえるくらい無い)と思っていたけど、一次BLの場合原作の時点ですでにわかりやすく気持ちいい状態にいけるということなのだ。わかりやすい萌えや快感が原作の時点ですでに味わえる。だからわざわざ二次創作する必要がない、ということなのだと思う。うん。

 結局個人の満足度のボーダーラインがどこにあるか、ということなのだと思う。

 男同士でどこまでさせると自分の満足に行き着くのかというボーダーライン。そのボーダーラインが低い人は原作の関係性のままでいいと思うだろうし、それで満足できないという人は自分の満足まで進展させる。

 

 まあ、個人の好みなんだから千差万別あって当たり前だよねって話だけど。

 

 でも、多くの二次創作の場合そのボーダーラインは原作の仲良しラインを軽く越えてくるので、原作の関係性が一番好きという場合は二次はあんまり楽しめない。

  例えるなら、薄化粧が似合う人が濃い化粧してもしっくりこないよねって感じ。

 

 私の場合は、普通の非BL作品だと萌えるんだけどちょっと物足りない。んで、その足りない何かを探して虹の海へ漕ぎだすんだけど、ここでも足りないものは埋められないから、結局原作に帰ってくる。BL作品では、まあ普通に禿げるくらい萌えることもあるんだけど、でも本当はちょっと種類の違う萌えを探している。

 一体私の萌えはどこにあるんだろう…と、常日頃思っている。

 

 ちょっと前はニアホモ(これ最近ほとんど聞かないね)が好きだと思ってたけど、今はニアホモと言わず「ブロマンス」と言えばいいのだ。

 ニアホモって言うより100倍高尚なもののように聞こえるわ。