のの子のつぶやき部屋

BLとかBLとかBLとか。少女漫画とか。他にも。ただの萌え語り。基本ネタバレ。

【少女漫画】萩尾望都『トーマの心臓』 罪と愛の話

 

トーマの心臓 (小学館文庫)

トーマの心臓 (小学館文庫)

 

 


 萩尾望都体験とファンの間でよく言われるものがありますが、この萩尾望都体験というのは何なんでしょうかね。 よくわかりませんが、でも私もやっぱりありました。萩尾望都体験というやつが。

 

 私の萩尾望都体験は「トーマの心臓」との出会いでした。

 もう、まさに萩尾望都体験というやつで、本当に雷に打たれたかのような衝撃でした。読んだ後3日間くらいは頭の中はトーマの心臓のことでいっぱいですごく混乱してた記憶があります。

 人生観が変わったとか、魂が救われたとかそこまで大げさなことはいいませんが、自分の中の読書観、漫画観が大きく変わったのは間違いありません。

 一つの作品を、きちんと、深く、一個一個物事や出来事を考えながら読むと、こんなに深い感動を得られるものなんだとものすごい感銘を受けました。

 全てがわかった、という全能感みたいなものに全身を支配されて、とにかくすごいテンションだったと思います。読み終わった時は本当に作中のことが全部わかったような気になってました。もちろんそんなことはないんですけど、その時はそういう風に思えたということが今考えてもすごいことだったなーと思います。

 今なら笑っちゃいますけど、本当に頭パーン\(^o^)/って感じでしたね。

 

 それから、私はモー様を神と崇めておりまして。

 もう信者ですね。本当。

 というわけで、今でも本やグッズを集めているわけですが、

 

 年末に、夏のコミックフェア(小学館コミック文庫 限定カバーフェア2015夏『萩尾望都×あだち充』 | 小学館コミック)の景品届きました―(∩´∀`)∩ワーイ

 刺繍入りハンカチです。

f:id:chishima:20160102223717j:plain

 非常にシンプル。

 刺繍のバージョンはユーリとエーリクとありましたが、一口しか応募しなかったので私はユーリにしました(^^)

 

 果たしてあのフェアでどれくらいの人がこのプレゼントに応募したのか気になる所ですが、フェアの規模の小ささからいうとそんなに多くはいなさそうな予感^^;

 そもそも新装版を置いてる書店が少なすぎて、都内でも梯子したくらいで…。(買いに行ったの10月だったもんで)

 でも新装版の装丁素敵で、お気に入りです。遠出して買ってきた甲斐がありました。

f:id:chishima:20151212022347j:plain

 画像はポーの一族ですが、新装版はこんな感じのシンプルなデザイン。表紙カバーが普通に紙なので、傷つけたくなくて本棚にしまいこんであります。もはやただのグッズ…。

 

 正月なのに初売りにも行かず、ダラダラと家に引きこもって漫画とアニメを消化する毎日なのですが、ハンカチ届いてテンション上がったのでトーマも読み返しました。

 と言ってもトーマは3ヶ月に一回は読んでる気がします。パソコンデスクの上のラックにいつでも置いてあるという。

 普段は読むというよりはパラパラとめくって絵を見たり、好きなシーンだけさらって見たりしてるんですが、今回は年始なので気合入れて最初から最後まで通しで読みました。

 話の部分では自分なりに答えを得ているので、何度読んでも行き着くところは同じなのですが。

 

 で、ちょっと話がずれるけれども、随分前に『ドレの旧約聖書』という本を表紙買いしまして。

 

ドレの旧約聖書

ドレの旧約聖書

 

 

 単に挿絵が見たかったというだけの理由だったんですが。買った時にパラパラと絵を見て、あとはずーーーっと本棚にしまいこんだままにしてました。

 積ん読本の中で、ちょっと宗教思想について勉強しないとよくわかんないなぁと思って放置してるのも山程あって、そろそろちゃんと勉強しようと思い立ったわけです。

 

 なのでとりあえず旧約聖書を、と思って本棚から引っ張りだしてきました。

 が。

 全編イラスト付きという親切仕様ですが。これがなっかなか進まねえ…。でも毎日ちょっとずつ読み進めております。

 それで、気になったのが、有名な「モーセの十戒」というやつ。

 

【神と民との契約】出エジプト記十九ー二十四

 (中略)神はまず、民が心して守るべき基本的な十の戒め、十戒について民に示すべくモーセに告げた。

 第一に、主はイスラエルの民にとって、エジプトの国から導き出した神、即ち、民を奴隷の身分から救った神である。主を置いて他に神を持ってはならない。

 第二に、どんな偶像も、造り、拝み、仕えてはならない。

 第三に、神の名、主の名をいたずらに、軽々しく口にしてはならない。

 第四に、安息日を守り、仕事を休み、聖なる日として他と区別する。

 第五に、父、そして母を敬い誇りとすること。

 第六に、殺してはならない。

 第七に、姦淫してはならない。

 第八に、盗んではならない。

 第九に、隣人に偽証してはならない。

 第十に、隣人の家を、妻を、奴隷を、牛を、驢馬を、隣人の物一切を、欲しがってはならない。

 

 これは旧約聖書なので、イスラエルの民(ユダヤ人)のためのものだけど、キリスト教でも書いてあることはほぼ一緒。

 

 トーマの心臓の根底にあるのは、純粋で透明な愛なんだけど、同時に多くの罪も描かれている。

 信仰を失ったユーリ、神を否定するサイフリート、盗癖のあるレドヴィ、オスカーの生い立ちにしてもそう。罪があって愛が生まれる。罪があるから、愛を受け入れられず、また愛を乞う。

  トーマは自殺したし罪人じゃないのか、と思うかもしれないけど、この物語においてトーマは殉教者なのだと思っている。トーマは自分の信仰(愛)のために死を選んで、聖人になったと考える方がこの物語においては自然だと思う。

 

 自ら信仰を捨て、翼を失ったユーリ。それを救ったのがトーマとエーリクだった。

 翼を持つ二人が、ユーリに翼をあげる、と言う。

 私が思うに、物語の冒頭でトーマが死んだ場面でユーリの救済はすでになされたのだと思う。でもユーリは救われている(愛されているし、愛している)のに自身でそれに気がつかない。そして、ようやく最後に救われているということに気がつく。ここに導いてくれたのがエーリクだった。トーマのそっくりな顔をした別人のエーリク。

 トーマとエーリクという汚れない二人の存在によってユーリは信仰を取り戻した。

 ユーリが愛に気がつくまでの過程の物語。トーマの心臓っていうのは簡単にいうとこういう話だと私は思っている。

 

 

 トーマがユーリに捧げた愛、エーリクのユーリを好きと思う心、オスカーがユーリに抱く気持ち。ユーリが愛する家族。エーリクの愛する母と片足を失った新しい父。オスカーの両親と本当の父親。トーマを亡くして悲しむ家族。アンテの淡い恋心。校長の実の息子への愛…。

 こうして書き連ねると本当にいろんな形の愛情がある。

  今までは、ユーリの救済とか愛ばかり目がいってしまっていたけど、たくさんの罪の話愛の話でもあるんだなーと思い至る。愛と罪は近くあるものなんでしょうね。

 

 ということで、トーマの心臓の罪と愛をテーマについてちょっと考えてみた。

 

 罪というテーマで真っ先に思い浮かんだのは何故かレドヴィだった。

 盗癖のある子。と作中で言われる彼。盗みを働くレドヴィは神の教えに反する罪人だ。

 レドヴィは普通に読むとひねたズルい子どもという印象。

 レドヴィは時計を盗んだことを告白し悔いるようにと諭すユーリに対して、

「人間なんて…もともと罪深く出来てるんです」「だから罪を犯したってしょうがないでしょ」

 と言い放つ。

 そして彼は、

「何も知らないふりをして聖人のように壇上で福音書をよんでいるウソつきよりずっとましです」

 とユーリに言って、トーマの自殺についてほのめかす。トーマとユーリの「茶番劇」を知るレドヴィはユーリがトーマを自殺に追いやったと思い込み、ユーリにつっかかる。

 レドヴィはトーマがユーリに宛てた詩を見つけて、トーマの自殺の真相を知る。彼は本に挟まったラブレターをみつけた時点で物語の核心に近いところにいる。

 じつはこの場面はある意味ミスリードで。

 ユーリが神を裏切っているのに、知らないふりをしているのは事実なんだけど、本当のユーリの罪はトーマを自殺に追いやったことじゃない、ということ。

 実はトーマの心臓は、トーマの死の真相、そしてユーリの罪とはなんなのかを追ったミステリーでもある、と思っている。

 謎が謎のまま物語は進み、こうやってミスリードも挟まってくる。

 レドヴィとユーリの対比でいえば、レドヴィは罪人だけど、ユーリからみれば神に愛されている人だ。レドヴィでさえも神は愛している。同じ罪人でも信仰を捨てたユーリとは違う。(とユーリは思っている)

 神に見放されたと思っているユーリにはド直球なレドヴィの言葉はなかなかきついんじゃないだろうか。

 何気に重要なキャラなのにレドヴィってどういう人物なのかよくわかんなかったけど、象徴的なキャラなんだなと思った。

 罪を犯す子ども。そんなレドヴィがトーマの手紙を見つけて、トーマの想いを知る。どうしてあのラブレターを見つけたのがレドヴィだったんだろうか。トーマと一番仲が良かったのはアンテなのに。

 多分レドヴィはトーマの事が好きだったんだと思う。だからトーマがユーリの自習室の前で本を読んでいたことも知っていたし、トーマがユーリの借りた本の後を追っていたことも知っていた。誰よりも先にトーマの気持ちに気がついたのは実はレドヴィだった。トーマの影を追っていたレドヴィだからラブレターを見つけた。

 そんなレドヴィは最後にユーリ渡してとエーリクにトーマの書いたラブレターの挟まった本を渡す。列車の中で見て、と言って。

 初見の時、列車の中で穏やかな表情で詩を読むユーリを見て、それまでも胸いっぱいだったけどついに大号泣。まさに胸を打たれたのはこの場面だった。

 そう思うと何気にレドヴィは影のMVPといっていい。

 

 

 次はオスカーとその周辺。

 「訪問者」でのちにオスカーの生い立ちは詳しく語られることになるけれど、本編時点でもセリフから考えるとオスカーの設定は決まっていたように見える。

 校長がオスカーの実の父親だということ、母の前で存在を無視する父親との奇妙な関係。父親が母親を殺してしまったこと。

 オスカーは、不義の子だ。実の父親はシュロッターベッツの校長であり、父の友人だったミュラー

 生まれはどうあれオスカー自身に罪はない。では罪人でないオスカーがユーリを救うことができなかったのはなぜなのか。エーリクほどの純粋さがなかったから?

 オスカーはただ、待っていたという。誰の気持ちでもいいからユーリを愛しているということに、ユーリが気がついてくれるのを待っていた。

 エーリクは待たなかった。というかユーリが何に悩み、絶望しているのかをエーリクは知らなかったからあれだけまっすぐにユーリに向き合えたのだろうと思う。

 オスカーは、全てを知っていた。ユーリが何を苦しんでいるのかも、どうすれば救われるのかも。

 だから、オスカーはユーリがいつか気がつくその時までユーリの心の番人になることを決めた。ユーリを何からも守ってあげることを決めたオスカーだけど、それはユーリの救済にはならなかった。

 オスカーの愛とはなんだろうか。

 父に捨てられ、学校に預けられて、「ヒヨッ子どもの中でうんざりしてた」オスカー。合って間もない実の父親とも簡単には打ち解けられない。

 そんなオスカーの心の支えになったのがユーリだった。

 だから、オスカーは変わってしまったユーリを今度は自分が救いたい、と思ったんじゃないだろうか。自分がユーリに救われたように。

 でも、オスカーはユーリに愛を伝えることはない。

 ただ、じっと待って、いつか自分の目をちゃんと見てくれる日がくることを望んでいる。

 そして最後にオスカーは周囲の愛に気がついたユーリ言う。

「僕の望んだことは―気づいてくれることだったんだ。きみでもミュラーでも、僕が愛してるってことに」

 言葉にしては言わない。言えない。けれど、愛に気がついて欲しかった。そういうオスカーはやっぱり内心では寂しかったんじゃないだろうか。

 彼だって救いを求める人なのだ。

 オスカーにとってはユーリが愛に気がついてくれるという願いが、そのまま彼の救いだったということなのかなと思える。

 オスカーはユーリを守るそのイメージからなんか最初はスパダリ的な印象強いけど、訪問者を読んでからは、ほんっっっっっとうに可哀想な子だと思ってね…(T_T)

 あんなに素直で、両親を健気に愛していた子がって…。察しのいい聡明さが子どもにはわからなくてもいいことを悟らせてしまう。それが悲しい。

 本編でもずっと大切に守ってきたユーリをあっさりエーリクに落とされてそういう意味でも可哀想ではあるんだけど。

 ちなみに、私は登場人物のなかでオスカーが一番好きです。不動の1位。

 

 次は、エーリク。

 エーリクは多分萩尾さんの一番のお気に入りだと思う。多分ね。くるくるの髪の毛につぶらな目。かあいい。

 エーリクは本当に愛に溢れた子だなーと思う。

 素直で、感じやすく、人を愛することに戸惑いがない。エーリクの真っ直ぐな愛がユーリに愛を気づかせた。

 トーマの心臓はユーリが愛に気がつくまでの話であり、エーリクが大人になっていく話でもある。

 ユーリがずっと悩んで苦しんでるうちにエーリクはひとり問題を克服していく。

 母親と家庭教師のキスを見てしまってから始まった神経症。その後マリエを事故で亡くした悲しみも。

 こうして書いていくとわかるけど、本当にエーリクには影がないなー。結構可哀想な目に合ってるのに、エーリクはすぐ立ち直るんだよね。

 エーリクには裏がないし、本編に書いてあることが全部だと思う。

 というわけでエーリクに関してはあんまり深く突っ込んで書くことがない、ということに気がついた。

 個人的には、ユーリよりもオスカーよりもマリエよりも、マリエの恋人でエーリクの新しい父となったシドとの関係が好き。

 彼らはきっと二人でマリエを失くした悲しみを埋めていけると思う。

 湖畔にて、という作品で夏のボーデンで休暇をシドと過す様子が描かれる。本編のすぐあとの話。

 シドは、ユーリ・シド・シュバルツという名前で、普段はシドと読んでいるけれど、ふとした時にユーリと呼んでしまってびっくりする、というエーリク。

 エーリクは早く大人になりたいという。そうすれば、こんなに心臓がドキドキして苦しくなることもなくなるにちがいない、と。

 健気…。

 ユーリは神父になることを決めてしまったから、ユーリの愛は神のものだ。神父ということだしおそらく結婚もしないと思う。いくらユーリを想ってもエーリク個人にユーリの愛は捧げられない。

 そう思うと、エーリクはオスカー以上に可哀想かも…。最終的にユーリの愛を得たのはエーリクなのに。

 けど、そういうのもエーリクなら乗り越えていくんだろう。

 でも、オスカーはちゃんと女の子と恋愛して結婚して弁護士とかになったりなんかして素敵な家庭を築く未来が想像できるけど、エーリクは中々そういうの想像できない。

 でも女の子と恋愛するってなったらすごい可愛くなりそう。

 

 と…、このあとユーリについて書こうと思ったけど、今日はここで力尽きたしこの後もながーーーーーくなるので次回へ続く。