【BL】yoha『さよなら恋人、またきて友だち』オメガバースで起こる化学反応
漫画熱が上がっているので珍しく連日更新。こういうのはヤル気になったときにやっとかないとな。
さよなら恋人、またきて友だち (オメガバース プロジェクト コミックス)
- 作者: yoha
- 出版社/メーカー: ふゅーじょんぷろだくと
- 発売日: 2015/10/24
- メディア: コミック
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というわけで、最近話題(?)のオメガバースです。
オメガバースってのは何かというと、ものすごく簡単に一言で言うと、男でも妊娠できる世界の話。それに種としての階級制度が絡む(元ネタが狼だから)というなんともマニアックなあれである。
詳しい説明は省くので、わからないという方はコレ↓とか参考にどうぞ。
Twitterでなんとなく流行ってるのは知ってて、前から創作BLでちょくちょく見かけるようになってこれで面白い話を書く人も多いんで結構読んでおりました。
男の妊娠モノと言えば、「SEX PISTOLS」が有名だと思うが。
SEX PISTOLS 1 (新装版) (スーパービーボーイコミックス)
- 作者: 寿たらこ
- 出版社/メーカー: リブレ出版
- 発売日: 2007/06/01
- メディア: コミック
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「SEX PISTOLS」では元々雄に妊娠機能があるわけではなく、人工的に子宮を作るという設定なんだけど、BL界では画期的なアイデアだったと思う。漫画内での設定もかなり細かくて、独自の世界観があった。今読んでもやっぱりこれは唯一無二だなと思うし。
この漫画がこんなに流行ったということは、受け皿は元々あったということだ。この設定に引いてしまう人も多いだろうけど、でも全然抵抗無い、むしろ好きという人も多いということ。
だから、オメガバースも割りとすんなり浸透していった、のかな?と思う。
でも、オメガバースは元々海外の二次創作(スーパーナチュラルの狼男の話から生まれたとのこと)発祥なので、伝言ゲームの様相で日本で広まった時には若干元からは設定が変わっている、というか省略されていると思った。
それでも、面白いやつは面白かったし別にそれは気にならなかった。というか厳密な元ネタの設定を知らなかっただけなんだけど。
で、今回このオメガバースプロジェクトでちゃんとした元ネタらしい設定を読んで、やっとこの設定に納得したというか。
階級社会なのは、狼の群れ社会を模したものだったからなのか、と。
オメガバースっていうと、男の妊娠という特有の設定に関心が行ってしまうんだけど、この漫画ではそれ以外のオメガバースの独特の設定もフィーチャーして描かれていたのがすごくよかった。
オメガバースってこういうものという認識がなんとなくあったんだけど、それがぶっ壊れた。結構びっくりした。
オメガバースという設定は二次創作で生まれて、ある程度の共通認識を持って広まっていて、しかもどんどん人づてに伝わって行くもんで日本だと本来の元ネタからはちょっと違うものが浸透している。
オメガバースが好きで、自分から望んでその設定を書くという人はその共通認識を予め持っている人なので、言っちゃあなんだけど、どれも似たような話になる。
それが、商業漫画でオメガバースを描くとなったときには必ずしも作者が最初からオメガバースというものを知っているわけではないし、オメガバースが特別好きとわけでもない。
この漫画にはそういう前提がある、と考える。
オメガバースを予め知っていて、オメガバースの世界が好きで共通認識があって、進んでそのコミュニティに属しているいう人ではない人、が描くオメガバースということ。
これがこの漫画の良さになったのだと思う。
オメガバースプロジェクトは、まだ他の作品は読んでいないのであんまり大きい声ではいえないので、ここでは創作BL界隈のオメガバースと比較してということになるんだけど。
さっきも書いたけど、オメガバースって書く人の筆力の差はあれど、結局は似たり寄ったりの話になってしまうのだ。
αとΩの魂の番。そういう激情というかロマンスというか。互いに究極に求め合うそういう温度感の高い話になる。私もオメガバースというのはそういうもんだと思って読んでいた。
でもこの「さよなら~」はそういうオメガバースの共通認識がない。
全然別物なのだ。
しかも、温度が高いどころかもう殺伐としてる。薄ら寒いとも言える。途中マジでさーっと血の気が引いた。
私が驚いたのは、「オメガバース」でこういう話がかけるんだ…という驚きだった。
この漫画は発売した時にTwitterで紹介見てたので、タイトルは知っていたんだけど、この紹介が結構あれなもんで、最初は敬遠してた。
yoha先生の[さよなら恋人、またきて友だち]が早くも増刷決定!ありがとうございます!楽天ブックスにはまだ通販在庫があるようなので、是非ご利用ください☆ https://t.co/aJeZJn5Jvr pic.twitter.com/eQ1Nid9nQt
— オメガバースプロジェクト編集部 (@OMEGAVERSE_P) 2015, 10月 26
「僕らはみんな彼を孕ませたい」
なんだこの男性向けエロ同人見たいなセリフは。となるでしょう普通。これで、なんかエロい系なのかな?と思って読もうと思わなかった。
オメガバースという設定に妊娠とか発情とかいうキーワードがある以上エロが先行しがちで、これはもうそういうもんだと思ってた。
でも、気がつけば書評ではすごく評判がいいし、どうやら最初思ったような話ではないことを知る。
で、読んでみて。
いやー本当すごい。
これは本のあおりですごく損してると思う。
BLではBLそのものをテーマに、あるいは設定そのものをテーマに書いてしまう漫画が多い。もちろんそういう漫画でも面白いものはあるし中身がないとは言わないけど、深さはないと思う。オメガバースの場合は大半の人がオメガバースをテーマにオメガバースの話を書いてしまう。まあ、オメガバースプロジェクトなんだからそれでいいんだけど。
でも、表面的なものから始まって、その奥にあるテーマみたいなところまで踏み込んだ作品の方が読んでいて読み応えがあるし、作家性みたいなものも見えてくる。
設定をそのまま描くだけなら、上手い下手の差はあれど結局受け取るものはみな同じだ。設定を踏まえつつ作者の描きたいもの、伝えたいテーマみたいなものをどういう風に表現するかが作品の差になってくる。
「さよなら恋人~」は作者のyohaさんの作家性が強く出てる作品だと思う。その勢いというか熱量というかそれががとにかくすごい。
でも強い引力を感じるのに、作品はものすごく冷静だ。冷めてるとすら言える作品との距離感。それがたまらないんだなー。激情しているのに激情じゃない。そのアンバランスな感じ。
ストーリーの展開も伏線も結構強引でハチャメチャなんだけど、そんなの気にならない勢いがある。
この物語は全体がよくわからない勢いに支配されてる。でも、その走り出しそうな勢いをぐっとギリギリのところで抑えこんでいて、その抑圧がものすごい緊張感を生んでる。
途中サスペンスだと思って読んでたし。小野不由美の屍鬼を思い出すような、抑圧と開放だった。
あとがき読むと、
「オメガバースという世界を頂いて、好きなものを詰め込んでみました」
とのこと。
好きなものを詰め込んた結果が、この漫画なのだ。そして
「私の萌がみなさんの萌だったら幸せになれるのになあ」
とも書いてる。そしてちょっと意味深。
ちょっと前にTwitterで話題になったツイートなんだけど、
腐女子と一括りに言っても「人と人との間に引き起こされる関係の中でもっとも至上なものは何だかんだ言ってやっぱり恋愛だと思う腐女子」と「人と人との間に引き起こされる関係の中でもっとも至上なものをすべて恋愛としてまとめたくはないと思う腐女子」ていうのがいて、じつはこの派閥の溝は深い。
— 真魚はすべてを燃やしたい (@kakari01) 2015, 9月 8
こんなようなツイートで。
今回のこの漫画とこのツイートとどういう関連があるかというと。
オメガバースの設定ってだいたい前者のスタンスで描かれるものが多いように思う。というか、読んでそういう風に受け取れる作品が多い。魂の番の純愛というか、唯一の愛というか。盲目的にお互いを求め合うというような。そういう種族で、そういう社会システムの中にあるからこそ、人間的な恋、や愛という感情が際立つのだ、という感じ。種とかオメガバースの制度とかっていうのは、人の愛の前では二の次三の次で、設定を借りてはいるものの、実はあんまり興味ないという感じ。二人の愛さえあればそれでいいのだ。オメガバースというのは、大多数がこういう話だと思う。(という私の偏見)
でも、作者のyohaさんってそういうある意味単純な人の愛よりは、その周囲にあるもっと複雑な感情だったりを描くことの方が好きな人なんじゃないかなーと思った。もちろん本当にそうかはわからないけど、私はそういう印象を受けた。
オメガバースで結ばれるのは魂の番。運命の人。じゃあそれ以外の人はどうなる?この制度でどういう障害が発生してくるのか?そういうのを考えだすと甘いだけの恋愛話では終わるはずがない。
結局のところ、主人公は望む人と結ばれるわけだけど、正直その恋愛の過程よりもこの漫画では、緊迫した人間関係とか、Ωの人としての尊厳とか、そういう部分に関心がいく。描く方もそういうのを描くのが好きなんじゃなかろうか。すきじゃないとあんなふうには描けないと思う。
だから、オメガバースが好きという温度の高い人とは少しテンションが違う。
そういうタイプの人があえてオメガバースというジャンルの漫画を描く。すると、定型のオメガバースの枠にとらわれない、しかもオメガバースの特殊な設定を活かした今まで読んだこと無いような漫画が出来上がった。
作者のオリジナルストーリーだとここまでのインパクトは出なかったんじゃないだろうかと思う。あえて、作者のいうところの萌をオメガバースという枠の中で書いたから絶妙な緊張感が出て、かつ今までにない新鮮さも得た。
物語っていうのはこうであって欲しいと思うんだよなー。
既存のテーマを共通の認識で書いたとしてもなんにも新しいものは生まれない。もちろん、同じものを同じように生み出し続けるというのも需要を満たすためには重要なことなんだろうけど、それではいずれそのジャンルは停滞していく。
BLをテーマにBLを描く。オメガバースをテーマにオメガバースを描く。そうではなくて、BLやオメガバースをテーマにして、BLではないもの、オメガバースでないもの。テーマの枠を超えるものを書く。そういう広がりが必要だと思う。
これは私がどちらかというと、「人と人との間に引き起こされる関係の中でもっとも至上なものをすべて恋愛としてまとめたくはないと思う腐女子」派なのでこう思うのだけど。逆のタイプの人はこの漫画はそんなに面白いと思えないかもしれない。この漫画で読んでて一番おもしろいのは、多数のαの中に一人放られたΩという不安定なバランスから沸き起こる、緊張と不和。それによって思い知らされるαやΩの種としての性質や尊厳という、恋愛以外の部分だと思うからだ。恋愛部分よりも、その不均衡な関係を描写することにエネルギーを使ってると思う。恋愛要素ももちろんあるんだけど、温度感が低いし、割合で言うとサスペンス的要素の方が強い。
だからベタベタな恋愛だけのBLにもう飽きているという人は是非読んで欲しい。
作者さんこれが初コミックスなんだとか。最近の新人って本当すごいっすね。
あと、作者のあとがきでもうひとつ気になったのが、
・最初期はオメガバース→「じゃあ逆はアルファデスね」という勘違いと単純思考によりαを滅ぼすウィルス持ちの設定を作ったのが発想の大元
これが、Ωの異常体質になったということなのかな?
もうこの発想が普通じゃないと思う。既存のオメガバースが好きという人はこういう発想はできないんでないかと。
あと、一見とても破廉恥(…)な表紙なんだけど、本編を読んで意味がわかると感動するという。一枚絵でキャラの関係性が見えて、本当なんとも言えない感じ。
来年から新連載する予定があるみたいなんで、次どんな話を描くかとても楽しみ。